Freedom is Wisdom. 知は自由!
 

特別インタビュー

「デジタルラーニングプラットフォームFisdom」立案者のお1人で、富士通と共同でFisdomの企画・開発・運用を行っている、Fisdomエバンジェリストの村上和彰先生にお話しを伺います。
九州大学名誉教授、および株式会社あしたの学びLabの代表取締社長でもある村上先生に、これからの学びのあるべき姿と、Fisdomがどう役割を担っていくのか、詳しく伺っていきたいと思います。


九州大学名誉教授、株式会社あしたの学びLab 代表取締社長
村上 和彰(むらかみ かずあき)先生

―――村上先生、こんにちは。本日はよろしくお願いします。早速ですが、「Fisdom」という言葉を始めて耳にしました。辞書にも載っていないようですが、命名について教えてください。
 
村上:こんにちは、こちらこそよろしくお願いします。Fisdomは私たち「チームFisdom」が造った造語なのです。ですから、辞書を引いても出てきません。
Fisdomとは、“Freedom is wisdom.”(知は自由!)を意味しています。先頭の「F」と末尾の「isdom」をつないで「Fisdom」。ちなみに、「F」を「Fujitsu」の「F」と勘違いされる方がたまにいらっしゃいますが、違いますのでご注意ください(笑)。
 
あとFisdomにはもう1つ別の意味があります。“Five-minute wisdom”(5分で学ぶ知)。これが元々の意味です。いずれにせよ、このFisdomというネーミングは、検討当時(2015年秋)「チームFisdom」に在籍していた入社1年目の女性メンバーが提案したものです。若い感性ならではのカッコいいネーミングになったと自負しています(笑)。


Fisdomの原点は音楽アプリ
 
―――「知は自由!」というのも素敵ですが、「5分で学ぶ知」というのも面白いですね。
 
村上:はい、実はそこにFisdomの原点があるのです。Fisdomの企画を練っていた2015年春頃、日本でもAWA(アワ)やApple Musicといった音楽ストリーミングサービスが本格化しはじめました。それらのサービスを使ってみて、「勉強もスマホで音楽を聴くような感じで出来たらいいな・・・」と考えました。
 
村上:それまでもネット上で動画を視聴して学ぶ「オンラインコース」はありましたが、新手の音楽ストリーミングサービスに比べると何となくイマイチといった感じで、「デジタル感」に欠けていました。あっ、この「デジタル感」については後からお話ししますね。
 
端的に言ってしまえば、(1) スマホでいつでもどこでも学べること、(2) 1つの講義動画の長さが楽曲と同じ程度の5分くらいで手軽に視聴できること、そして(3) 楽曲のプレイリスト同様、学習者が好きな講義動画を集めて自分自身のプレイリストを作り、それを他の学習者と共有できること、この3つが欲しいと思いました。
 
―――音楽ストリーミングサービスがFisdomの原点とは、意外です。FisdomはJMOOC(日本オープンオンライン教育推進協議会)公認プラットフォームの1つで、エンターテーメントとは少し距離感のある硬い感じがするのですが。
 
村上:はい、確かにいまのFisdomは少々硬い感じですが、徐々に柔らかくなって行きますよ(笑)。
Fisdomの「Freedom is wisdom. 知は自由!」というコンセプトは、JMOOCが目指す「オープンエデュケーション」の精神を、私たちの言葉で表したものです。京都大学の飯吉透先生がオープンエデュケーションについて、「一人ひとりの無限の可能性のための次世代教育環境」と上手く表していますが、Fisdomではそのような次世代教育環境を提供したいと考えています。


目標は、自由に学び、何にでもなれる社会
 
もう少し説明しますと、「知は自由!」には2つの意味を込めています。1つは「誰でも自由に知を得ることが出来る、学ぶことが出来る」、つまり、オープンエデュケーションの精神そのものです。もう1つは「知を得ることで、人間の根源的な欲求である自由を勝ち取ることが出来る」というものです。
Fisdomでは「誰でも自由に学ぶことができ、そしてそこで得た知によって自分のなりたいものになれる」、そのような場を提供したいと考えています。
 
―――「誰でも何にでもなれる」とは、ディズニー映画に出てくる言葉を思い出しました。
 
村上:はい、そうです。Fisdomのビジョンは、2016年春に公開されたディズニー映画『ズートピア』のセリフ「誰でも何にでもなれる」にもインスパイアされています。英語では“Anyone can be anything.” 主人公のウサギのジュディ・ホップス巡査の座右の銘です。この「誰でも何にでもなれる」社会の実現にFisdomは貢献したいと考えています。
 
―――素敵ですね。ただ、そのビジョンの実現はそれほど簡単ではないと思うのですが?
 
村上:確かに簡単ではありません。JMOOCのようなMOOC (Massive Open Online Course: 大規模オープンオンラインコース) やiTunes Uのように、大学の講義レベルの講座を無料で学ぶことの出来るオープンなオンラインコースは増えて来ています。オープンということで「誰でも自由に学ぶことができる」は実現されますが、いまのオンラインコースの仕組みでは「自分がなりたいものになれる」の実現は困難です。

―――どういうところが難しいのでしょうか?
 
村上:一言でいうと「学習者中心」でない点です。


画一的な教育から、学習者中心の学びへ
 
村上:「自分がなりたいものになれる」には、自分の可能性を見つけ、それを伸ばすことが大事です。それにはまず、学習者一人ひとりに寄り添った教育が必要です。ところが、現在のオンラインコースは、従来のオフライン、つまり教室での講義スタイルのままそれらを動画にしてオンラインでネット配信しているものが大部分です。これだと、画一的な教育となってしまい、学習者一人ひとりに合った学びを提供できません。
 
―――なぜ画一的な教育だと駄目なのでしょうか?
 
村上:それに対する答えとして、都留文科大学の福田誠治学長の「靴に足を合わせるのではなく、足に靴を合わせるように、子どもに学校を合わせるのだ」という言葉を引用させてください。
想像してください。画一的な教育というものは、「靴に足を合わせる」ように学習者に求めるものです。従来のオフラインでの集合教育も、そしていまのオンラインコースもこの点に関しては同じです。ところが、人間は一人ひとり持っている才能、得意とする能力が違います。学校での教育内容やスタイルが合っている生徒もいれば、そうでない生徒もいます。


一人ひとり得意能力が違って当たり前
 
―――なるほど。「皆が分かっていることが、自分には分からない・・」と思うことがありますが、それは当たり前、普通のことなのですね?
 
村上:そう、とっても普通です(笑)。このことを、ハーバード大学のハワード・ガードナー教授が「多重知能理論」という形で説明しています。
 
「多重知能理論」とは、人間には少なくとも8つの能力、知能(身体運動的知能、内省的知能、言語的知能、論理数学的知能、博物的知能、対人的知能、空間的知能、音楽的知能)があり、全員が全員すべての知能に秀でているわけではない、人によって得手不得手がある、というものです。
そして、各人の得意な知能を見出し、それを活用して学習することで才能を伸ばすことが出来るとしています。

 
            
                 図:多重知能理論

―――それに似た話として、確か、アメリカの大統領でも記者会見が得意だった大統領とそうでなかった大統領がいた、と聞いたことがあります。
 
村上:それは、ピーター・ドラッカー氏が著書『明日を支配するもの』の中で紹介している逸話ですね!
1930年代から60年代にかけての歴代5人の大統領(ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン)のうち、ルーズベルト、トルーマン、そして1人飛ばしてケネディは記者会見上手だったのに対し、アイゼンハワーとジョンソンはダメダメだったという話です。
 
記者会見上手の3人はそれぞれ自分の得意な知能(ルーズベルトとトルーマンの2人は聞き上手、ケネディは読み上手)を認識していました。その得意な知能を活かして記者会見の準備をしていた3人に対して、ダメダメだった2人は前任者のスタイルをそのまま踏襲して準備をした。そのため、自分が不得意な方法で記者会見に臨んでしまったのです。
(編集者注:アイゼンハワーは読み上手だったのに、聞き上手のトルーマンのスタイルを踏襲してしまった。また、ジョンソンは聞き上手だったのに、読み上手のケネディのスタイルを踏襲してしまった。)
 
ここでの教訓は、自分の特性をきちんと認識していないと残念な結果になってしまうということ。アメリカ大統領にまで登り詰める人物でさえ、しかも「聞く」と「読む」という同じ言語的知能に関してでさえ、得手不得手はあるのです。
 
―――そうなんですね。人によって能力、知能が異なるということは理解できました。それでは、どうしたら福田先生の仰っている「足に靴を合わせるように、子どもに学校を合わせる」ような教育が出来るのでしょうか?
 
一人ひとりに合う学びを見つけるには?
 
村上:いよいよ核心に迫って来ましたね(笑)。まず、1つの学習課題に対して複数の異なるアプローチの講座、コースを用意すること。そして、学習者が自分自身の適性に合った講座、コースを選択できるようにします。
このやり方は、従来のオフラインの教室での講義では実現が難しい。普通はカリキュラムが全員共通、画一的で、教科によっては1つの講座だけで他に選択肢がないものもあります。
 
一方、オンラインコースだと、これが簡単に実現できます。ある1つの学習課題、教科に対して、複数の講師がそれぞれ異なるアプローチでコースを提供することが可能です。学習者はその中から自分に合ったコースを選択して受講すればよいのです。
 
―――なるほど。でも、あまりにたくさんのコースがあると選択に迷ってしまうのではないでしょうか?
 
村上:そうなんです。そこで「デジタル技術」の登場です。先ほど「デジタル感」という言葉を使いましたね。デジタル技術を駆使することで、これまでのアナログな学び、教育では不可能だったことが可能になります。
いま課題となっているのは、たくさんのコースの中から自分が学びたいテーマやスタイルのコースを見つけるにはどうしたらいいか、ですね。この解決には、人工知能が活躍します。
 
デジタル技術なら、自分の学びが見つかる
 
つまり、こういうことです。デジタル技術で、学習者の学習活動を細かく記録していきます。それらの膨大な記録を分析し、学習者一人ひとりの適性を見つけ出し、その学習者が学びたいで「あろう」テーマ、その学習者に合うで「あろう」学びのスタイルのコースをレコメンドするのです。
 
―――「あろう」ということは、外れることもあるのですか?
 
村上:はい。これは機械学習という人工知能の一技術を用いた予測、推定です。そのため、当たることもあれば外れることもあります。ですが、多くの学習者の学習活動をたくさん集め、それを機械が学習し続けることで、だんだん正解率が高くなっていきます。
 
―――「人間だけでなく、機械も学習する」とは、この機械学習や人工知能が、先生のおっしゃる「デジタル感」なのですね
 
村上:他にもいろいろなデジタル感がありますよ。
たとえば先ほど、学習者が好きな講義動画を集めて自分のプレイリストを作り、それを皆と共有するという話をしましたが、これもデジタル感の1つです。あるいは、いまはスマホで簡単に動画が作れるので、いま習ったことを元に自分なりに講義動画を作って皆と共有するとか・・・
さらには、チャットボットが学習者一人ひとりの家庭教師のようになり、そのチャットボット=家庭教師と対話しながら学習するとか・・・いろいろな可能性が見えてきますね。
 
このように、オフラインでのアナログな学びとも、従来のeラーニングでの学びとは異なる「まったく新しい学びの経験」、これを皆さんに提供したいと考えています。これを「デジタルラーニング」と私たちは名付けました。
 
デジタルラーニングで、学びと教育を再設計
 
村上:デジタルラーニングとは一言でいえば「デジタル感に満ち溢れた学び」のことです。単に講義動画をオンライン配信したものでもないですし、デジタル端末を使えば良いというものでもありません。
学びや教育の現場で「こんなことが出来たらいいのに・・・」と思っても、従来は技術がなくて実現出来なかったこと、これがいまのデジタル技術を駆使すれば実現可能なのです。私たちはデジタル技術の存在を前提に、学びと教育を再設計したいと考えています。
 
―――最後に、デジタルラーニングプラットフォームFisdomが私たちの生活、社会にどのような変化をもたらすのか、それについて教えてください。
 
村上:最後に難しい質問ですね(笑)。先ほど、Fisdomのビジョン「誰でも何にでもなれる」についてお話ししましたが、これが当たり前の社会になって欲しいと願っています。従来はこれが経済的な理由や技術的な理由で困難な人々もいましたが、Fisdomは「オープンエデュケーション」と「デジタル技術」でもってその困難さを取り除きます。
 
でも、いま社会は新たな課題に直面しています。1つ目の課題は、選択肢が多すぎることです。社会が極めて多様化、高度化してきており、「何にでもなれる」の「なりたい何」がものすごい数になってきています。選択肢が広がることは良いことなのですが、1人の力だけではちょっとやそっとでは選択できなくなっています。
Fisdomでは、学びを通して一人ひとりの適性、可能性を見つけ、そしてそれを広げ、最終的には「なりたい何」に結びつけるお手伝いをしたいと思います。
 
2つ目の課題は、学校を卒業した後も必要に応じて学ぶ時代になったことです。最近話題の本『ライフシフト:100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン著)の中で指摘されていることですが、現在の「教育→仕事→引退」という3ステージの人生が今後大きく変わろうとしています。たとえば「教育→仕事→教育→仕事→引退」といった5ステージが当たり前になるかも知れません。そうなると、「勉強」のステージがいまの6歳(小学校入学時年齢)〜22歳(標準的な大学卒業時年齢)に限定されるのではなく、「人生、これ一生勉強」ではないですが、どの年齢においても学習者になる可能性が出てきます。
Fisdomでは、0歳〜100歳のどのタイミングでも気軽に学ぶことができるよう、学びの場を提供していきたいと考えています。
 
以上の2つの課題を解決することで、Fisdomは皆さんの生活、社会にとってなくてはならない存在になっていくでしょう。
 
―――村上先生、長い時間お付き合い頂きましてありがとうございました。
 
村上:こちらこそどうもありがとうございました。私たち「チームFisdom」全員の明日の学びに対する熱い思いが皆さんに伝わりましたら幸いです。今後ともFisdomをよろしくお願いいたします。